Wday特別企画?!


題名:特になし




「おはよう」
夢うつつの中、その声で起こされる男
「んん?キミは・・・だれ?」
と目を擦りながら、起こした人物を見る
「ああ・・・キミか・・・もう朝なんだね」
とゆっくりと身体を起こして、上半身を伸ばす男
「もうすぐお昼なんだから、早く起きなさいよ」
とカーテンを開けながら、男に言う女性
「それじゃ美味しい手料理を食べにおきますかね」
とベッドの近くの棚においてあるめがねをかけて男は居間に向かった
「布団位、たたんでキチンとしないんだから」
とクスクスと笑いながらベッドの布団を綺麗にする女性


何も変わらないはずの日常、幸せが続くものだと信じていたあの頃
何もかもうまくいってると思っていた・・・


時代は経済成長真っ只中の日本
しかし、そんな都市とはかけ離れた場所に男は住んでいた
近くの大学に通っており
大学ではそれなりに人気があった
その男と一緒に住む女性
同じ大学に通っている
古くからの腐れ縁、よく言えば幼馴染
なんて事は無い、お菓子作りが趣味で
何かとつけては男の世話を焼きたがる女性で
男は彼女といるのが当たり前になり
彼女も男と一緒に居るのが当たり前となっていた


「なーこれなんだっけ?」
と彼女に問いかける男
「何って?普通のお味噌汁でしょ」
と何を言い出すんやらと笑う彼女
「あーあー・・・そうだ味噌汁だったな・・・まだ寝ぼけてるのかな俺」
と頭をかきながら味噌汁をすする
「その歳でぼけちゃったら大変よ」
と同じく味噌汁をすする彼女
「うっさいなー、レポートとか色々と朝までかかってたんだからしょうがねーだろ」
と言いながら「ごちそうさま」と食事を済ませる男
「うわ、もう食べたの?相変わらず早食いねぇちゃんと噛まないと消化に悪いってのに・・・」
とぶつぶつ文句は言ってるが、いつも綺麗にさっぱりと全部平らげてくれるから嬉しかったりする彼女
「もうちょいレポートかかないといけないからなぁ、さくっと仕上げてくるわ」
と席を立って、空になった食器を流し台にもっていく。
流しに食器をおいてレポート書きに行く途中に思い出したかのように「飯美味かったさんきゅ」とさらりと言っていく
「はいはい、お粗末様です」
と言ってる日常
彼女にはこの雰囲気が大好きだった
昔から男はそうだった、さらっと嬉しい事を言ってくれる
だからこそ、男に尽くしたいと思っていた
結婚はどうでもいいけど、一緒にいれたらいいなぁ・・・と思っていた


男がレポートを書きにいって2時間程度が過ぎる
彼女は食器洗いが終わり、居間の掃除も終わらせて
男にコーヒーとお菓子を渡しに部屋に行った
コンコンコン、と部屋をノックする
返事が無い
集中してる証拠だろうと彼女は思った
静かにドアを開けて、部屋に入る
彼女の思ったとおり、男は参考書や辞典を見ながらレポートを書いていた
男の近くまで寄ると、声をかける
「どう?順調に進んでる?」
その声を聞いて、男が彼女に振り返る・・・が男の顔が微妙に変だった
初めて会ったかのような驚きの表情だった・・・がすぐに元の顔に戻った
「え?どうしたのそんなにびっくりした?」
と意外な反応に彼女もびっくりした
「あ、いや・・・うん・・・かなり集中してたからびっくりしたわ」
と笑って誤魔化す男
「ったく集中するのもいいけど、私の顔みてびっくりするのは失礼じゃない?」
と肩を軽く叩いて、開いてる場所にコーヒーとお菓子を置く彼女
「だから悪いって言ってるじゃないか」
男はコーヒーに手を伸ばし、一口飲んでからふぅ〜・・・っと一息を入れる
お菓子にも手を伸ばす
「お?今日のお菓子新作だな、今回のが一番美味いぞ」
お菓子を平らげる男と
「今回のはって何よ今回のはって!」
ちょっぴり怒る彼女
「まぁいいわ、美味しいって言ってくれたから許すけど
 何か新しいお菓子があったからそれをちょっと工夫しただけよ」
説明する彼女に「お〜工夫しただけでこうなるのか」と感心する男
「うし、休憩終了。また再開するわ」
机と対決する男
「はいはい、早く終わらせなさいよ」
コーヒーカップとお菓子の入ったお皿を片付けて部屋を出ようとする彼女
「あーまたこのお菓子作ってくれ」
と背中を向けながら彼女に言う
「これくらいでよければ喜んで」
と笑顔で答える彼女・・・まぁ男には見えないわけだが
そんな感じで毎日が過ぎていった


春の日差しが射す、大学内でそれが起こった
必死で走る彼女
大学内の医務室へ向かっていた
男が急に倒れたという事を彼女は友人から聞いた
自分の講義なんかそっちのけで男の所に向かった
医務室の前につくと、息を整えてから入る
コンコンコン
「失礼します」
医務室といってもベッドが2つほどしかない小さなもんだ
一つのベッドがカーテンで見えなくなってるから、そこにいるのだろうと彼女は思った
カーテンを開けると、そこには医務室の先生が居た
彼女に気づくと、隣にどうぞと目配せをする
彼女が医務の先生の隣に座ると
先生が話し出した
「突然、大学内の庭で倒れたそうよ
 今は特に異常は無いから寝不足辺りからくる貧血だと思うわ」
その先生の言葉に彼女はほっと胸をなでおろす
その様子を見た先生がくすくすと笑う
「直に目が覚めると思うから、私はちょっと出かけてくるから
 後は任せるけど大丈夫よね?」
と立ち上がって、ウインクをして部屋を出て行く先生
残された彼女は顔を赤くなった
「もう、先生ったら気を利かせなくてもいいのに・・・」
彼女が男の手をとって、起きるのを待った
大丈夫かな・・・早く起きないかな・・・と思いながら手を強く握る彼女
大体5〜6分が過ぎた
ううん・・・と寝返りを打つ男
ゆっくりと上半身を起こしてから目覚めた
彼女はよかった・・・と心の中で安心した
男が彼女を見る
彼女は男に声をかけようとする
「キミはだれ?」
「よかった大丈夫?心配したんだから」
声が重なる・・・が
彼女が「え?」と思った
男は今何といった?
「え?え?」と戸惑う彼女
男はその事を気にせずに言葉を続けた
「えっと・・・俺は倒れてからどうしたんだ・・・?そもそもここはどこだ?」
彼女は戸惑ったままだが、わざと間違えてるんだと思って男に言う
「な、何を言ってるのよ!また私をからかうっての?
 その手には乗らないわよ!ここは大学よ!!」
怒鳴り気味に言う彼女に対して、男は「大学・・・」と顔を下に向けて何か考え込む
それを見た彼女が心配そうに顔を覗き込む・・・
「大学・・・?俺大学生になったのか
 そうかそうなのか・・・キミはえっと・・・ちょっとまって思い出すから・・・」
と本当に彼女の事を忘れてるようだったので彼女は医務の先生を呼びに行った


それからが大忙しだった
医務の先生じゃよく分からないということなので
大学病院へと連れて行き
そこで詳しく検査などをした・・・が
記憶の混乱じゃないか?という詳しい病状は分からなかった
1日だけ様子をみようということで病院で入院する事になった
この日から少しずつ日常が崩れていった





彼女が翌日病院にいくと
病室で男が「よ〜遅かったじゃないか」といつもの通りだった
彼女は嬉しくて思わず男に抱きついた
「おいおいおい、いきなりなんだよ」
珍しく男が照れていた
「バカバカバカ!本当に本当に心配したんだから!」
と泣きじゃくっていた彼女の頭を男はそっと撫でて
「わりぃ・・・本当にバカだからな許せって」
彼女をなだめた


男は帰りの支度をし始め
彼女は担当の先生に呼ばれた為、診察室へと向かった
診察室へ着いて、部屋に入る
椅子に座った病院の先生と傍らにナースが居る
「こちらへどうぞ」とナースの指示で椅子に座る彼女
椅子に座るのを確認した先生が喋り始める
「まだ確実な事は言えないのですが
 これから先、彼の物忘れは激しくなっていくでしょう・・・」
それを聞いた彼女は目の前が真っ暗になった
「日本にはまだ病状が詳しく解明されていない
 【若年性アルツハイマー】になっている可能性が高いのです」
と先生は続けた
「先生!治す方法ってのはないんですか!?
 まだ若いんですよ?何とかできるんでしょう?病院の先生なんでしょう!」
と先生に掴みかからんとする勢いの彼女だが、ナースに落ち着いてくださいといわれる
先生は彼女と目をそらし、部屋を出て行きながらいった
「治療方法はまだ確立されていないんです・・・私も忙しい身なので」
部屋に取り残された、彼女はただただ泣くしかなかった・・・


何もなかった、私が面倒をずっとみようと心に誓って男の所に戻る彼女
部屋に着くと、荷物を片付けて待ちくたびれたといわないばかりの男が居た
「な〜に時間かかってんだよ、そんなに俺の病気深刻だったんか?」
と明るく言う男
「治療費とかそういう話をしてただけよ、世間話に後は花が咲いたってだけ」
心が痛むのを感じたが、明るく振舞う彼女
「ふーん、まっいいか帰るぞ我が家へ」
荷物の入ったバッグを肩に背負い、片方の手を彼女に向けて差し出す
その手をとる彼女と男
今はこのぬくもりを大雪にしようと思う彼女と
今日の晩飯は何を食おうかなと能天気な男
二人の苦悩はここから始まった・・・


本当にそれからが大変だった
調子の悪い日は彼女の事すら忘れるが
次の日には何事も無かったように振舞ったりと
調子の浮き沈みが激しかった


半年位経つと、病状がいっぺんする
思い出せなくなっていった
度忘れると、全て1から教えるようになっていった
それでも彼女は男の傍にいたいと思った・・・


若年性アルツハイマーと申告され
全て忘れて、全て1から教えるようになって何回目だろう・・・
季節は春を目前に控えた3月になっていた
男と一緒に食事をする彼女
男がご飯を食べながらこういった
「僕がモノを忘れやすいのは知っている
 だからこそ、キミに言っておきたいことがあるんだ」
珍しく真剣な顔をしている男に、彼女も「何かしら?」とご飯の容器をおいて話を聞く
「次に僕がキミの事を忘れたら
 キミは僕をおいていってくれないか
 大切な人なのは分かってるんだ・・・だけど、キミを忘れた僕を見るたびに
 キミのひどく悲しんだ顔をいつも最初に見るのは嫌なんだ
 キミには自分の夢と自分の幸せを掴んで欲しい
 これは記憶を忘れた僕と記憶を忘れる前の僕のお願いだ・・・」
その言葉は何よりも彼女の疲れた心と一種の使命感にも似た思いを溶かした
「ばか・・・本当にあんたはどんなになっても変わってないんだから」
泣きながら、だけど顔は笑顔だった
どんなに記憶を失っても、彼女を忘れても
男は男だった・・・彼女の好きな男のままだった
彼女はこの日、男が好きなお菓子を作った
そう・・・アルツハイマーが出始めた頃に作った
男が今までの中で一番美味しいと言ったあのお菓子を・・・


それから1週間後に男は彼女を忘れた
それは奇しくも3月14日のホワイトデー、男が女にバレンタインのお礼をする日
彼女にとっては第2の人生を歩み始めた日
彼女は部屋を出て行く時にお菓子をおいていった
男が好きなお菓子を・・・










それから何年の月日が経っただろう
男は家族の下で暮らしていた


彼女はお菓子作りを生かしてお店を開いていた


3月14日、男の下に毎年それが誰なのか分からない人から贈り物が届く
雪が降っているホワイトデーにそれを食べながら男は思った
とても懐かしい味がするお菓子・・・
誰か思い出せないがとても大事な人だった気がする人が作ってくれたお菓子


そう・・・彼女の名は
「マシロ・・・」
男の目からは涙が零れたいたが
何故涙が出るのかは分からなかった
ただ・・・悲しさと嬉しさが男の心の中で交錯していた